デ・ニーロでもうまくいかないことがある

デ・ニーロといえばデ・ニーロアプローチなんて言葉もあるくらい演技においては神扱いで映画界においては唯一無比の存在ですよね。
デ・ニーロ出てるからその映画見てみようかって方も多いのではないでしょうか。

internTHE GODFATHER: PART II, Robert De Niro, 1974
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だけど十年くらい前に読んだニール・サイモンの自伝「第二幕」(The Play Goes On)には、そんなデ・ニーロでもなかなか作品や脚本家のテイストとあわずうまくいかなかったというエピソードがあり、とても印象的だった思い出が、というわけでここで少し紹介を。

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(ニール・サイモン 『第二幕』 訳/酒井洋子)

1970年代半ば

ニール・サイモンは「サンシャイン・ボーイズ」が公開され作品がアカデミー賞で三部門受賞した頃。「ボガートの宿」というロマンチック・コメディ映画を親友のマイク・ニコルズ監督で作ろうとしていた。
ニコルズはこの頃もう「バージニアウルフなんて怖くない」「卒業」「キャッチ22」などの大ヒットで有名監督になっていて実現すればこれがふたりで初めてつくる映画になる
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(左マイク・ニコルズ、右ニール・サイモン)

デ・ニーロの相手役は「オードリー・ローズ」」撮影途中の当時のニール・サイモンの妻、マーシャ・メイソン
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デ・ニーロの役はオフ・ブロードウエイの役者で初めて出演した映画が大当たりして大スターになるという設定
デ・ニーロはちょうど3日前に「タクシードライバー」の撮影を終えたばかり。

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(以下青字は「第二幕」から抜粋)

この役での起用は、彼(デ・ニーロ)を私たちの仲間に取り込む絶好のチャンスだと思った。

ジョージ・C・スコットのように大きくもなければ屈強でも見えないのに、私はデ・ニーロに同じような威圧感を覚えた。口数は少ないが、口を開けば人は傾聴した。穏やかに話し、うなずき、しきりに肩をすくめ、時折ふっと笑顔になると目が藪睨みになった。でもなにを考えているのかなかなか読み取れなかった。
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デ・ニーロは扱いやすい俳優で、すぐにこの役に没頭した。この役がどんな服装をするか、どう歩き、どういう態度か、心の中はどうなのか、こうしたことを共演者たちと絡む前にしっかり考えていた。で、この若いブロードウェイの俳優は片耳だけイアリングをしているはずだといって、小道具係にイアリングの手配を頼んだ。(中略)小道具係がトレイにイアリングを乗せて持ってきた。気に入ったのがなくて、またもうひとつのトレイ。デ・ニーロは延々とイアリングの品定めをする。
私の記憶ではまる一日がデ・ニーロのイヤリング探しでつぶれた。
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最初に撮影したシーンはデ・ニーロが家に帰ってきて妻に初めて映画出演の話が来たと伝えるものだった。マーシャの反応は、才能のある夫の出世に狂喜し浮かれはしゃぐはずだった。ところが、デ・ニーロはこの件をうれしくてたまらないという風に言わないのである。どうやら嬉しさとか幸運というものは苦手のようで、その知らせも淡々と、この仕事を受けてよいものだろうかという顔で思わしげに伝えた。こんなセリフ回しでは当然、マーシャは狂喜することが出来なかった。(中略)二、三日撮影しただけで私の書いたユーモアが消えてしまうだろうことがわかった。

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デ・ニーロの演技が悪いということではない。その瞬間の演技は、実際とてもリアルで、とても正直だった。が、彼が喜びを感じていないとしたら、冒頭のシーンは訳がわからなくなる。一生夢みてきた仕事をもらえたのにどうしてこの男は喜ばないのだろうか?
マイクはわたしにこっそり「心配だ」と言った。

で結局こんな調子の撮影が五日間続き、七日後にワーナーの重役ジョン・コーリーとフランク・ウェルズ二人がラッシュを見ることになるんですが。
二人の意見は(ロマンチックコメディなのに)「暗い!」

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フランク・ウェルズ(のちディズニーのCEO)

ジョン(ジョン・コーリー)が笑顔で言った「さあて、たしかに問題だなあ」
「どうしたいマイク?」
「中止しよう」マイク(マイク・ニコルズ)
「いままでのを撮りなおすのか?」フランク・ウェルズが静かに言った。
「そう。でもデ・ニーロじゃなく。彼は抜群の俳優だが、これはミスキャストだった」
「ロバート・デ・ニーロをクビにする?」
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翌日映画は中止になり、デ・ニーロは自分の役が他の俳優に代わることを知った。むろん彼は激怒したが、運よく私はその時彼の部屋にいなかった。そのニュースは芸能誌や国中の大新聞の大見出しになったのだが納得する人はいなかった。

結局、デ・ニーロの代わりになる人は見つからず、マイク・ニコルズも別の映画に取り掛かりこの映画の企画は七日分のフィルムを残してつぶれることに。

しかし、一度ダメになったこの「ボガートの宿」に名プロデューサー、レイ・スタークの救いの手が差し伸べられ別の作品に生まれ変わるのでした。
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(レイ・スターク wiki)

再びニール・サイモンの筆が入りもっとロマンチックにもっとユーモラスに書き直され
good bye
リチャード・ドレイファスとマーシャ・メイソンの「グッバイガール」として!

というわけでニール・サイモンはこの顛末について
これまでの年月でデ・ニーロに会ったのは二・三回しかないが、あれ以来彼と会うと目をまともに合わせることができなくなっていた。
って書いてあるけど、これ書かれてから15年以上経ってる今はどうなのかな?
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(ニール・サイモン2014/87歳)

まあ、でも「グッバイガール」でリチャード・ドレイファスがアカデミー賞の主演男優獲っちゃったから当時のデ・ニーロの心境としては複雑ですよね・・・。

でもきっと上のエピソードもデ・ニーロが若かったから(当時33)こそっていうのが大きいんだろうね。今ならどんな演技でも望まれればデ・ニーロがやってるっことで面白がって見てくれる人たくさんいることわかってるから余裕でやってくれると思うし、ピアス選びももう一日もかけたりしないよねー、

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と、ザック・エフロンと共演の2016年公開予定の「Dirty Grandpa」のデ・ニーロの姿を見ながら思いを巡らすのでしたw

パトリシア・ハイスミス

パトリシア・ハイスミスの「Carol」

ケイト・ブランシェットの相手役ミア・ワシコウスカからルーニー・マーラに変わったんだね。
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日本では来春公開予定らしい。

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というわけでパトリシア・ハイスミス写真いくつか。
ドイツ人写真家Rolf Tietgens が1942年に撮ったパトリシア・ハイスミス(21歳)
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ヌードは公にするつもりはなかったが流出

 

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パトリシア・ハイスミスが20代前半頃につきあっていた画家Allela Cornell が描いたパトリシア・ハイスミス
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Allela Cornell はハイスミスが25の時自殺した
写真のほうは58歳の時のもの
ふたつの年代は違うけれど同じだね

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絵は部屋に飾られていた模様

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執筆風景

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Patricia Highsmith in 1987

 

 

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パトリシア・ハイスミスと猫

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(1957)36歳


(1991)70歳

 

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パトリシア・ハイスミスの人生についてのいろいろが初めて明かされたアンドリュー・ウィルソン著「Beautiful Shadow: A Life of Patricia Highsmith」の翻訳本、映画公開を機にでないかなー。

ファン・ホームの原作

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69回目のトニー賞でミュージカル作品賞とった「ファン・ホーム」原作本Amazonで売り切れてたのでどんな感じなのか最初の3P載せてみます。
見づらいけどクリックすると大きくなるので字、読めると思います~。


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劇は原作のシーンを生かして作られてるみたいですね。

原作コミック部分は7章からなっていて全部で236ページ。
日本版の後ろには作品中登場する語句などの丁寧な注釈が13ページぶんついていて親切なつくり。2500円の定価でも納得です。
で、もう在庫ないので昨日は中古が7500円だったんですが、今日15000円までにあがっててビビった。